Get Over 5
（パターンB）
『ん、、、あ、、、んくぅ、、、やめろ赤也』
柳は充血した赤也に手足を拘束されていた。
そして、少しずつ、身体を蝕まれていく。
何故か、力が出ない。抵抗しようにも身体が鉛のように重い。
赤也の手が柳の身体を愛しく撫でる。
赤也の両目が妖しく光り、ペロリと赤也は舌をなめる。
その一部始終を恐怖で引きつった顔で見ていた柳はクモの巣に捕らわれた獲物だと思った。
赤也の後ろの天窓から映る赤く染まった月をその両目に刻みながら――柳は逃げる術もなく、
ただ、狂気に駆られた後輩に身を委ねることしか出来なかった。
「！」
柳は布団から勢いよく、起き上がった。
全身から、額から汗が噴出している。
「…ゆ…夢なのか…」
柳は息を整えながら、夢であることに安堵した。
まだ、身体に残る恐怖と、後輩の狂気と化した赤い目。
一気に柳は、脱力感に襲われていた。
――赤也――
後輩をあそこまで追い込んだのは〝自分〟である柳。
彼の気持ちを知っていたのに、自分には〝真田〟がいる。という言葉だけで終わらせようとした。
そう、可愛い後輩だから。
誰よりも、愛しいと、思うから。
傷つけたくはなかったから…
何よりも、柳自身が認めたくなかった。
後輩から告白されたなど。
――弦一郎…俺は――
柳は静かに頬をぬらすと、胸の傷をそっと、抱え込んだ。
―俺の…罪―
―そして罰―
「え？ 柳先輩帰っちゃったんでスか？」
学校のテニスコートで赤也は残念そうにつぶやいた。
「えぇ、体調が優れないというので、今日の部活は休むといっていましたよ」
柳生は眼鏡を整いながら、そう言った。
「切原君、そんなに残念ならば、柳君の分も練習しましょうか？」
柳生は赤也の練習メニューと柳の分のメニューを目の前に突きつけた。
「そ…そんなぁ～」
赤也の悲痛な叫びは空まで届いた。
「ここは…」
柳はふと、気づいたように声をあげた。
朝から体調が優れず部活を休んだはいい、考え事をしていてこんな所まできてしまっていた。
それは幸村の入院している病院だった。
「俺は一体何がしたいんだろうか…」
柳は行き場のなくなった心を抱えながら、幸村の病室へと歩いた。
コンコン
ノックをする。
中から、か細い声が響く。
幸村のそれだった。
「待ってたよ、そろそろ来る頃だと思ってた。柳」
幸村は室内に入る柳を見ると、暖かく迎えた。
「すまない、幸村。連絡もなしに急に来てしまって…」
柳は詫びながら、幸村に勧められた椅子に腰掛けた。
「いいよ、気にしないでくれ。俺も退屈してたんだし、それにね…」
幸村の真剣な視線が柳を射抜いた。
何もかも見透かされている気分に柳はなった。
「柳が、心配だったんだ」
一瞬。柳は表情を変えた。
変えたというよりも硬くなった。
「忠告、無駄になったようだね」
幸村はため息交じりにつぶやいた。
―赤也に気をつけるんだよ―
そう、忠告をされたはずなのに。
柳は今思い出したように、〝あ〟と声を出した。
「柳、俺は赤也と柳との間で何があったのかはわからない。
でも、俺はそんな柳を見るのは嫌だから…」
幸村の芯の強い目の光が柳を突き刺す。
柳は自然と胸の傷へと手を伸ばした。
「幸村…俺は…」
どうしたらいい。
柳はそんな言葉を飲み込んだ。
自分で決めること。
いや、もうとっくに答えは分かっていたはず。
「柳…真田は分かってくれるよ」
そして、赤也もね――
幸村の口から真田の名が漏れた。
柳はそれだけでも、胸が苦しく、切なく、そして涙が溢れそうになった。
「幸村、すまない」
柳は幸村にグシャグシャになっているだろうと思う自分の顔を見せまいと下を向いた。
「柳は本当に真田が好きなんだね」
その幸村の言葉に柳は見るのもおぞましくなった顔を上げて、
「あぁ」
と、笑みをこぼして返事を返した。
―俺は弦一郎が好きなんだ―
どうしようもなく、初めて、一緒に共に生きたいと思った。
幸村の病室を出て、柳はため息を吐いた。
しなくてはいけないことがたくさんある。
でも思うように身体が、気持ちが進まない。
身体を心を休ませたい。柳が思うことは、ただそれだけだった。
携帯を取り出して電話をかけようとしたとき、携帯がなり始めた。
着信者は柳生だった。
「もしもし」
「柳君ですか？すみませんが、学校へ戻ってきてくれませんか？」
少し、いつもよりも慌てているような声。
あまり分からないが、柳にはそう感じた。
「部の方で何かあったのか？」
「ええ、そうですね。一応、真田君がいないので柳君にと、思いまして…」
電話の向こう。
何か起こったらしいことはわかったが、それは何なのかわからない。
とりあえず、ここは戻ったほうが賢明だと判断した柳は
電話をそこそこに切り上げ、早々に学校へと戻った。
つづく